浮田基信ご夫妻インタビュー
リサイクル支援を通して街の美化に奉仕

第33号 2008.11.1

 奥沢2丁目の浮田基信さんはお仕事を退かれた 1988年暮から満21年にわたる91才の今日迄、どうしても都合のつかない日とお正月を除く毎朝6時半頃から9時頃まで奥沢2丁目の道路清掃を続けていらっしゃいます。「今年から雨の日はとりやめる事にしました。」とおっしゃる元気そうなお顔はとても91才とは思えませんが「このお陰で健康にも役立っているようで・・・」とのこと、謙虚で誠実なお人柄が滲み出るやさしい笑顔の奥の、人間としての深さ、凛とした強さに心を打たれます。

 動機は、散歩の途中で2丁目公園のあまりの汚さに驚いた事です。夜に汚すので朝きれいにするのが良いと考えて、朝の清掃を始めました。これを続けることは自分への課題でもあったと振り返られます。当時は空缶やダンボール紙が道に沢山捨てられていて、アルミ缶は拾って潰し婦人会に、ダンボールは教会・コンビニの回収にまわしました。1993年(H5)にリサイクルステーションが出来たが徹底せず、ゴミ集積所に資源ゴミが出されるのでそれを台車で集めて、古紙・ダンボールは揃えて紐で縛り、缶は別に纏める作業が夕方までかかったそうです。纏めたものはお宅に保管し週1回の収集日にステーションに出していました。「台車は何台も潰れる程で一番大変な時でしたが面白がってやっていました」とニコニコなさって話されました。

(自作の吸い殻入れ掃除)

 その頃煙草の吸殻が道に沢山捨てられたので、空缶を電柱などに吊るして吸殻入れを作られたのも浮田さんのアイディアです。その数50以上、現在も利用されています。「2000年(H12) から今の形となり私の派手な仕事は終ったのです」と淡々とお話しになるこの21年の活動はゴミ収集・リサイクル事業の歴史でもあります。お世話になりながらここまで気付かずに過ごした私は恥じ入る思いでした。

(現在は道路掃除が主体)

 この活動は奥様の御協力に支えられている事は云うまでも無く、奥様は御病気で入院された時にも寒い朝早くお出かけの御主人のために、着るものを電話で指示されたとのこと「リサイクルステーションの頃は夕方迄かかり切りで大変でしたね」とお二人で語り合われる御様子がとても微笑ましく感じられました。浮田さんは「やってみたら足腰の痛みも無くなり大病もしないで、健康のためには非常に良いという事が立証できたし、それなりの満足感も得られるので、皆さんに是非おすすめしたい」と後に続く住人に期待を寄せられました。

(浮田さんご夫妻)

 奥沢はこのような方の御努力によってまちが美しく保たれています。いつまでも清潔な緑豊かな状態を保っていくのは住む人の心掛けにある事を再認識しました。(柳島)