奥沢の二,三の昔語り
奥沢5丁目 栗田 信男

第21号 2005.11.3

奥沢駅西側の引込線路が無くされた後、駅のすぐ西に、自由通りに面して森永ベルトラインと云う洋菓子・喫茶の店が作られました。そこより百メートル程西の平松理髪店では、子供の理髪に際し、森永ベルトラインで小菓子や飴をもらえる引換券を出しました。それで子供達に大変人気が出ました。

奥沢神社(八幡神社)の東方、現在の奥沢病院のあたりにあった広場に、昭和9年ごろ、土俵が築かれ、周囲にゴザを敷いた席が設けられて、3~40名の力士がここで大相撲をやって見せたのです。入場料はよく覚えていませんが大人一人五銭位だったでしょう。

ところで、九品仏の北西には湧水があり、昭和7年に60メートル×40メートル、深さ7、80 メートルの大きな穴が掘られ、湧水をためて池が出来、そこから流れる水流が九品仏川と呼ばれて、豊かな水量で両側に水田を作りながら緑ヶ丘小学校の近くを流れ、東京工業大学のすぐ西で呑川に合流していました。台風の時など九品仏の池から、鯉や鮒が柵を越えて九品仏川に逃げ出したのを、釣りの好きな大人たちが釣竿をたれたり、円い網を竹棒にくくりつけて魚をすくったりしていました。この川は水量ゆたかな川で、子供たちも水遊びをしていました。

ところで九品仏駅の南、現在の環八道路のすぐ南に、長さ100メートル、幅30メートル程の大きな水槽が四つ程あり、高さ15 メートル程の鉄骨塔の上には、円筒の水タ ンクがありました。ある時、奥沢教会付属幼稚園の遠足で、全員円タクに乗って小石川植物園に行きました。帰りには 又円タクで帰路についたのですが、運転手たちが行きの人とは違うので、道を間違えて尾山台・等々力の方まで行ってしまいました。この時母親たちが水道タンクを見つけて、西に来すぎたことを注意し、運転手はそれに従い無事に幼稚園まで皆をはこぶことが出来ました。このような幼い頃の思い出は書ききること無く、あざやかによみがえって来ます。