田舎だった奥沢
奥沢2丁目 藤井 悦司

第43回 2011.5.8

 私が奥沢に引っ越してきたのは、いまからかれこれうん十年も前のことです。それまで父親が公務員だったので千代田区隼町の官舎におりました。

 越してきて、一番怖かったのは自分の家のトイレです。何しろ生まれたときから、官舎は水洗トイレでしたので、まずお手洗いが俗に言う、ボットン便所であることに、びっくりしました。びっくりしすぎて、とにかく用が足せないのです。困って困って、仕方なく、いちいち、自転車で自由が丘まで駅前のビルのトイレを借りに行っておりました。町の道路もまだ、舗装されてなく砂利がしいてあるだけのもので、雨が降ると泥だらけ。まだ、子供でしたので友達も恋しく、「ああ、何でこんな田舎に来ちゃったんだろう」なんて、我が身の不幸を嘆いて居りましたが、まあ、それも子供のこと。町は見る見る整い、緑豊かな奥沢の住み心地の良さに馴染んで参りました。

 縁あって私の兄が、この地で洋菓子店を営み、その兄の店がたまプラーザへ移転しましたので、そのあとを私が継ぎ、今に至っております。私の子供たちも、奥沢で育ち、幼稚園から奥沢小学校、奥沢中学校とお世話になり、公私とも地域に根ざした、生活を送っております。自由が丘は何とか知っていた田舎者の愚妻も、嫁にくる前は、「奥沢って、何処?」と申しておりましたが、今では、「土地柄は良いし人もいい、便利で静かで、奥沢大好き!」とまで、申しております。

 ロワールも創業五十年になりました。ひとえに、 地域の皆様のお陰さまと、心より感謝致しておりま す。これからもどうぞ宜しくお願い申し上げます。

ロワールの包装紙
 画:三岸節子
ロゴ:里見勝蔵