私のふるさと
奥沢2丁目 田村 誠・道栄

第58号 2015.2.19

 祖父の代より約100年程、この奥沢に在住しております。今、思うとこの地で生を受け、最後を迎えるその日まで「奥沢」という場所に縁があったのだとつくづく思います。

 私の幼い頃は、最低でも100坪以上のお屋敷が立ち並び、庭が素晴らしく広くゆったりとした景観をしていました。毎日の様に子供等の遊ぶ声が沢山聞こえてきて本当にのどかな奥沢でした。もちろん私もその一人です。各家庭の庭先には、男子のいる家庭には、丸太組みで作られた高さ2メートル以上あるこいのぼりが、かかげられていました。毎年、子供達は、そのこいのぼりを見るのが楽しみで、各人のこいのぼりを見に遊び方々訪ねていたものです。必ず、縁側があり、おみかんや、お菓子を食べながらお茶を頂くのが楽しみで近所の友人を誘って今で言うお茶会を沢山の人数でしていました。

 私の家には、十年近く住み続ける住人が、もう一人います。それは”かえる”です。春になると必ず出てきて、夏の間はありを食べたり昆虫を食べたりしながら秋になり、そして冬は同じ場所で冬眠する、そんなゆっくりとした時間が流れていました。

 奥沢は武蔵野台地の上にあり湧水が多く見られ、小川もみられました。緑多い地で、シラカシやケヤキ、ムクノキ、イヌシデやコナラが多く分布していました。私達の代でも緑を多く植えていますが、これからも庭の緑化や地域の植生等、もっと心を配っていかなくては思う次第です。この緑多い奥沢を若い人達が子育てしやすい環境を作っていくことが、私達世代にかせられた大きな課題ではないかと思います。全ての生き物は、自然の中に生き自然の中に帰っていく。

 一日一日を大切に過ごしたいものです。