父の思い出
奥沢2丁目 福田 敦子

第64号 2016.8.10

 この度、父のことを書かせて頂くことになり恐縮しております。

 3才より91才まで、何年かの地方勤務はあったものの奥沢の変貌を見てきた父は、子供の頃の奥沢の様子をよく話してくれ、忘れない内にと本にしたのだと思います。

 父が本の形にした4冊程を渡されて感想を求められたものの、真剣に読んでいなかったので大したことも言えず、それが、鈴木仁様より「奥沢物語」を大切に読んで下さっている方がいらっしゃると聞き、父がどれ程喜んだかとうれしくなりました。

 父は、自分の子を含め人様よりの厚意を受けたがらないのですが、とても親切な人で、それが時には有難迷惑なこともありました。ところが父の死を知って来て下さった方で、父の話がとてもおもしろく為になったと涙ぐまれ、そう伺い親不孝の心が痛みました。

 父は、八百屋さんに行っては必要のない物まで買ってくるのですが、酒匂さんより、父は「八幡小の後輩からもらう訳にいかない」と釣銭を取らないので、酒匂さんと二人でピタリとなるまで品物を運ぶのが常で、帰り際には必ず「八幡小出身者は頭が良い」と笑っていたそうです。ロアールさんのケーキとやぶ茂さんの天ざるが好物で、枝を切るために木登りをして、道行く人から「ご主人お元気ですね」と言われるのを喜び、保育園児が蚊に刺されては大変とせっせと草取りをする、そんな晩年でした。

 四月にひ孫が生まれ、その帰宅を待って抱いてうれしそうに笑い、もう良いだろうというように、その五日後に旅立ちました。「ありがとう、皆さんありがとう」という言葉が最後でした。