奥沢東通り
奥沢1丁目 冨坂 桂子

第75号 2019.4.23

 私の住んでいる家の近くの奥沢東通りは現在殆どのお店が無くなり、食糧品は八百屋さんが一軒あるのみです。

 私が住み始めた頃、六十年も昔ですけれど、おさしみの美味しかった魚屋さん、朝早く行くと暖かな甘い匂いが立ち込めていたお豆腐屋さん。お隣の八百屋さんは大きくて何時も賑わっていました。子供好きな酒屋さんは、子供もおじさんが大好きでした。お向かいにはお惣菜屋さんがあって、煮物のこつを教えていただいた事もありました。

 角の手芸品と煙草のお店は何時も何人かの人が楽しげに話し込んでいましたし、お肉屋さんは夕方並んで居る人がいました。お菓子屋さんは二軒、お蕎麦屋さん、中華屋さん、交番も貸本屋さんまで有りました。貸本屋さんの後は手作りケーキ屋さんでした。

 思い出してみるとみんな懐かしく、お店の方のお顔やお店のようすが目に浮かびます。もうご存知の方も少ないと思いますが、私の家の横に駄菓子屋さんがありました。

 結婚以来地方勤務の官舎住まいでしたが、子供が幼稚園に入る年になり、私と子供だけ先に東京に帰る事に致しました。夫の父が借家として持っていた家を空けて戴くように予め人を介してお話はしていましたがいざ来てみましたら、通りに面した庭の一角が駄菓子屋さんになっていて、しかもお貸しした方でないその兄弟一家が住んでいました。しかし空けて戴くということは当然大変な事で色々有りましたが、駄菓子屋さんの有る一角をお譲りして暫く仲良く暮らしました。駄菓子屋をやっていた方は昔小学校の先生だったとかで小さい子にはとても優しく、奥中の生徒は態度悪かったりすると叱られていました。

 商店街が賑わっている反面東玉川小学校に行く道は、一面畑で空が広く夏は涼しい風が冬は寒風と自然豊かな道でした。

 時が過ぎれば人も街も変わっていくのは当たり前の事ですが、昔馴染みのお家が新しくなり一軒が二軒になったりすっかり様変わり致しました。けれどそのおかげで、若い方が増え小さいお子さんも多く見かけるようになりました。街が若返ったという事でしょうか。新しいお家も木やお花が良く考えて配置されていて感心させられます。

 私も元気でいる限り猫の額のような庭に花を咲かせていくつもりです。この街が何時までも穏やかな緑豊かな町であること心から願っています。